日本地図を作った伊能忠敬が200年前に城南に来たよ!

平成28年12月2日(金)


  文化11年(1814年)2月6日 昨夜雨、此日曇 伊能忠敬測量隊10名は、笹山城下から131人の労役村民を従えて、渡瀬橋を渡り。東吹村、城山の西裾を通り、宇土村に入る。槇ヶ峯の北裾に沿って杉村に至る

(標柱より抜粋、笹山は篠山の当時の表記)


  この史実をふまえて、城南小学校のふるさと教育を支える活動の一環として「ふるさと再発見歴史街道に学ぶ」を、城南地区まちづくり協議会が中心となり市内で5年前より活動している「伊能忠敬笹山領探索の会」と宇土地区自治会の厚意、強力なご支援により実現することができました。
  12月2日9時30分、好天に恵まれ地元、宇土地区の住民の皆さんや探索の会のメンバーが待ち受ける中、通称「クルミ縄手通り」南詰の梅林公園に、城南小学校6年生33名がバスで到着、厳粛な標柱除幕式が始まる。
  子供たちも除幕のセレモニーに参加「いち・にい・さん」の掛け声に合わせて紅白の綱をしっかりと引っ張る・・・立派な石柱の誕生の瞬間に子供たちの顔がほころぶ。参加者全員で記念撮影の後、忠敬が実際に歩いて測量した古道を一里松の池に向かって探索を開始した。
  「御用旗」を先頭に「梵天」が続く、地元の古老の説明を聞きながらひたすら歩くこと20分、一里松が植えられている池の堤が本日の終点、先日の「出前教室」で「星埜先生」(元国土地理院院長)から学んだ歩測による古道探索の終わりである。
  現実に戻り隣接の「現在の小枕〜杉線」の道路を通りバスに到着、給食の時間に合わせて帰校しました。おつかれさん!